超音波による、ナノレベルの攪拌・乳化・分散・粉砕技術
--超音波の非線形現象制御技術によるナノレベルの攪拌--
はじめに
超音波を利用した攪拌・乳化・分散・粉砕技術は、一般的に、以下のような問題を指摘されている。
1)対象物・対象液の状態に合わせた、超音波(出力・周波数)の最適化が必要。
2)真空・空中では効果が小さい。
3)ナノレベルの超音波刺激は難しい。
4)対象物・対象液の攪拌状態は、単調な超音波刺激を継続すると効果が小さくなる。
5)水槽・治工具・超音波振動子(ホーン)の形状・材質・構造により振動モードが変化して低周波の振動状態(攪拌効率の低下した状態)になる。
以上の対応として、攪拌目的に合わせて超音波の状態をコントロール可能にした超音波攪拌装置は無い。主要な理由は、以下の2点である。
1)目的の攪拌状態に適切な超音波の伝搬状態が明確になっていないこと(超音波の測定解析技術)。
2)超音波攪拌経過に対応したダイナミックな制御が行われていないこと(超音波のダイナミック制御技術)。
超音波システム研究所は、2012年に超音波の音圧測定解析システムを開発(製造販売)し、2024年の現在まで様々な攪拌装置を含めた超音波機器の音圧を測定解析・コンサルティング対応して来た。
この経験から、ナノレベルの攪拌において、最も重要な事項が、非線形振動現象(音響流)である。
超音波の音圧データを測定・解析(バイスペクトル)・評価することで、超音波の振動現象(キャビテーションと音響流)について、ダイナミック特性の分類を実現した(図1)。
この分類に基づいて、超音波攪拌装置のダイナミック制御によるナノレベルの攪拌・乳化・分散・洗浄・加工・化学反応・表面処理・・・・の論理モデルを開発した。
その結果、各種の目的に合わせた超音波攪拌のダイナミック制御システムが実現した。
図1:キャビテーション・音響流の分類(超音波のダイナミック特性分類モデル)
特に、100kHz以下の超音波発振(出力100-300W)と1メガヘルツ以上の超音波発振(出力5-20W)による300メガヘルツ以上の高調波の組み合わせが、金属粉末や食品粉末の組織レベルへの超音波刺激として実現可能になり、新しい効果に発展している。
1.どのようにして解決するのか?
1.1 原理
1.1.1 対象物を容器に入れ、(約70%程度の真空度:10-40kPa)真空にする。容器内には、対象物の必要に応じてアルコール等の液体も入れる。対象が粉末の場合は、空気と一緒の状態から真空装置で真空にする。(ナノレベルの物質・空気(液体の場合は溶存気体)の化学反応を抑えるための真空レベルが必要 例:食品粉末のナノ化 酸化防止)
1.1.2 対象物は、容器との接触部から超音波伝搬が起きる。主要操作として、容器の動き(回転・揺動)により、対象物には、ダイナミックな動きが発生する。容器には、超音波水槽内の超音波が伝搬した液体の流れや、回転装置の操作による動きにより、表面弾性波が変化を伴って伝搬する。
1.1.3 超音波は100kHz以下で発振機の出力50-600Wの発振制御(例:23秒ON 11秒OFF あるいは37秒ON 14秒OFF)と、発振器の出力30W以下でメガヘルツ(例:1-24MHz あるいは83kHz-23MHz)の発振制御を組み合わせてキャビテーションと音響流をコントロールする。
1.1.4 以上の結果、対象物の表面、あるいは対象液に、目的の効果に応じた音圧レベル(数十キロヘルツから数百メガヘルツ)の超音波振動が伝搬する。
液循環や容器の動きの影響を音圧測定解析に基づいた、超音波のダイナミック特性分類モデルにより、容器内に0.1~1ms(千分の一秒)以内の時間で、非線形の振動モード(バイスペクトル)がダイナミックに変化する(100kHz~300MHzの伝搬周波数のピーク値が変化する)ように出来る。ナノレベルへの対応として、制御設定の最適化により、1~10μs(十万分の一秒)以内の時間で、非線形の振動モード(バイスペクトル)がダイナミックに変化する(1kHz~300MHzの伝搬周波数のピーク値が変化する)ことで、ナノレベルの超音波攪拌・乳化・分散・粉砕が実現する。
1.1.5 さらに、複数の超音波・複数の液循環・・各種制御の最適化により、単調な振動現象(低周波の共振現象)にならないように非線形な伝搬現象を、対象の状態変化の範囲に合わせて最適化することで、「安定した、環境に影響されない」攪拌が可能になる。
1.1.6 容器内の真空状態は、超音波伝搬と化学反応(例:酸化)とのトレードオフである。音圧測定・解析により(音圧レベルと高調波による非線形現象の)最適化を行うことが必要。
1.1.7 容器の材質・構造・表面(対象物と接触する側も含め)状態に合わせた、
音響特性(超音波伝搬特性)について、音圧測定・解析により(治工具と対象物・対象液の)最適化(超音波変化の音圧レベルと主要周波数の変化範囲設定)を行うことも必要。
1.1.8 最も重要な事項(ノウハウ)は、容器内の対象の動きとして、対象が容器に接触する面積・力・頻度・変化を目的(攪拌レベル:サイズ・流動性・均一性)に合わせて、音圧測定解析により(バイスペクトルの変化の範囲を)最適化することである。
1.2 実施の形態
図2:実施の形態
【図2符号の説明】1/超音波発振器 2/超音波振動子 3/超音波水槽
4/脱気ファインバブル発生液循環システム 5/メガヘルツの超音波発振制御プローブ
6/真空容器 7/回転揺動装置 8/メガヘルツの発振装置 9/対象物
図3:超音波攪拌装置(水槽内の循環液)の音圧測定データ
【図3グラフの説明】
グラフ1(上) 縦軸:電圧 最大500mV 横軸:時間 最大200μs
グラフ2(下) 縦軸:パワー dBu 横軸:周波数 最大62.5MHz
超音波発振1 300kHz~4.5MHz スイープ発振 出力30W
超音波発振2 1.7MHz パルス発振 出力13W ONOFF制御
超音波発振3 40kHz 出力200W ONOFF制御
図4:音圧データの解析結果(自己相関・バイスペクトル・パワースペクトル)
1.3 音圧データの測定・解析・確認
1.3<< 超音波の音圧測定・解析 (超音波のダイナミック特性評価)>>
1.3.1 時系列データに関して、多変量自己回帰モデルを利用したフィードバック解析により、測定データの統計的な性質(超音波の安定性・変化)を解析評価
1.3.2 超音波発振による、発振部の影響を、対象物の表面状態に関する超音波振動現象のインパルス応答特性・自己相関の解析結果として評価
1.3.3 発振と対象物(洗浄物、洗浄液、水槽・・)の相互作用を、パワー寄与率の解析結果として評価
1.3.4 超音波の利用(洗浄・加工・攪拌・・)に関して、超音波効果の主要因である対象物(表面弾性波の伝搬)、あるいは対象液に伝搬する超音波の非線形現象を、バイスペクトルの解析結果として評価
以上の解析方法は、超音波の音圧測定により、複雑な超音波振動のダイナミック特性を、時系列データの解析手法に適応させる、これまでの経験と実績に基づいて実現している。
注:解析には下記ツールを利用
注:OML(Open Market License)
注:TIMSAC(TIMe Series Analysis and Control program)
注:「R」フリーな統計処理言語かつ環境
図5:音圧データの解析結果(バイスペクトルの変化 矢印は20μs経過)
図6:音圧データの解析結果(自己相関・バイスペクトル・パワースペクトル・パワー寄与率)
1.4 超音波プローブの製造技術
1.4.1 超音波の音圧測定プローブ
測定(解析)周波数の範囲(0.1Hz~200MHz)に対して、同じ特性の超音波プローブを製造するために、超音波とファインバブルにより、超音波素子と超音波素子に取り付ける部材に対して、表面残留応力の緩和処理を行う。
特に、低周波の振動特性や24時間の連続測定を行うためには、表面残留応力の緩和処理とともにエージング処理が必要である。
このような超音波プローブを利用して、様々な同時測定(攪拌液、攪拌対象物、攪拌水槽、治工具の表面振動、・・の音圧測定)を行う。
測定した音圧データについて、位置や状態・環境による影響を考慮した解析で、各種の振動・相互作用を音響特性として検出・評価する。
1.4.2 超音波の発振制御プローブ
超音波発振制御プローブは、超音波素子の振動面を、調整(注)することで、0.01Hz~1GHzの範囲の測定・発振・解析・制御を可能にする。
注)超音波素子の振動面について、微細な加工・微細な部品の接着、あるいは音響特性を確認している対象物(金属、ガラス、樹脂、・・)を、接着することで、超音波のスイープ発振により、表面弾性波が各種形状のエッジ部の複雑な伝搬状態の変化により、1/100、1/10のサブハーモニック、あるいは、10次、100次の高調波を簡単に発生・制御可能にする。その結果、目的とする超音波伝搬現象を、効率よく実現できる、超音波発振制御プローブの製造と超音波発振制御を実現する。
写真1:超音波プローブ
2.どうして新しい超音波システムなのか?
超音波システムの特徴
1.超音波とファインバブルによる表面改質(表面残留応力の緩和)技術
2.統計数理に基づいた、時系列データのフィードバック解析技術
上記1,2により、超音波振動子・超音波水槽・治具・・・の表面残留応力分布が均一になり、利用目的に合わせた効率の良い超音波の制御が簡単に実現出来る。さらに、現状では検出・解決が難しい、時間経過とともに瞬間的に変化する超音波伝搬状態の最適化問題を、音圧データの自己相関・バイスペクトル・パワー寄与率・インパルス応答特性を評価することで解決した。その結果、超音波システム研究所は、「メガヘルツの超音波制御による非線形現象のコントロール技術」を利用した、ナノレベルの超音波攪拌制御システムを開発。
超音波発振制御プローブとファンクションジェネレータにより20kHz~24MHzの超音波発振制御を行うことで、1kHz~600MHz以上のダイナミックな超音波振動(伝搬状態)制御が可能な技術に発展した。
超音波伝搬状態の測定・解析・評価・技術に基づいた、攪拌・乳化・分散・粉砕への新しい応用技術として、2019年7月以降、コンサルティング実績を増やしている。
各種(対象物・対象液・装置・治工具)の音響特性(表面弾性波)を利用することで、20W以下の超音波出力で、2000リットルの水槽でも、1000kg以上の対象物でも、超音波刺激は制御可能。
弾性波動に関する工学的(実験・技術)な視点と、抽象代数学の超音波モデルにより、非線形振動現象(音響流)の応用方法として開発。
ポイントは、治工具(弾性体:金属・ガラス・樹脂)に伝搬する表面弾性波の利用。対象物の特徴による超音波の伝搬特性を測定・解析・確認することで、オリジナル非線形共振現象(注1)として応用。
注1:オリジナル非線形共振現象
オリジナル発振制御により発生する高調波の発生を、共振現象により高い振幅に実現させたことで起こる超音波振動の共振現象
3.<具体例>
超音波攪拌を行う容器について、対象物・対処液は、容器の表面に伝搬する表面弾性波は超音波と容器の相互作用により、複雑な振動現象の変化(共振、干渉、屈折、透過、うねり・・)を発生する。特に、10μ以下のファインバブル発生液循環装置との組み合わせを利用したメガヘルツの超音波制御により、ステンレス・樹脂・・の各種容器や超音波水槽・超音波振動子の表面改質(残留応力の緩和、均一化)が改善することで、超音波攪拌効率が向上する。この均一な表面状態の装置により超音波の制御効率の向上が、超音波のダイナミック制御を実現するために重要である。このような技術の積み重ねによって、新しい超音波制御技術を応用発展させている。
3.1 超音波出力の最適化技術による結果
3.1.1 ナノレベルの超音波攪拌において、低出力(20W以下)のメガヘルツ超音波発振(1~20MHz)により、攪拌状態で10次以上の高調波がダイナミックに変化することが重要である
3.1.2 周波数50kHz以下で、出力600W以上の超音波を利用してナノレベルの攪拌を行う場合、超音波に対する強度の低い水槽や容器で、単調な超音波制御を行うと、対象物・対象液の音響特性により、ナノレベルの超音波刺激(30MHz以上の振動)が、ほとんど発生しない。
3.1.3 対象物と超音波(出力・周波数)と超音波水槽内の循環液に関して、音圧データに基づいた音圧解析(最適化)が行われていないと、超音波(キャビテーション・音響流)攪拌効果につながる非線形現象が起きない。(攪拌効果の小さい超音波攪拌装置の多くが、低周波の共振現象による騒音や攪拌液の振動現象になっている)
3.1.4 周波数50kHz以下で、出力300W~600W程度の超音波使用の場合、出力10~20W程度のメガヘルツ超音波との組み合わせに対して、超音波のONOFF制御により、各種の相互作用を解析確認することで、50MHz以上の超音波刺激が最適化できる。その結果、効率の高いナノレベルの超音波攪拌が実現する(液量は2000リットル程度)
3.1.5 超音波振動子の多くが、発振面に対する取り組み(調整)が少ないため、時間経過とともに、ゆがみによる共振現象が発生し、不安定な超音波発振状態から次第に、周波数の低下・超音波の減衰が起きる。(振動面のゆがみが大きい、あるいは形状が不適切な場合、超音波の使用開始時から超音波の伝搬効率は大きく低下して、寿命が短くなる。発振周波数・出力のダイナミック特性に合わせた設計・調整が必要)
3.1.6 対象物・対象液を伝搬する超音波の刺激は、対象物・対象液の音響特性により大きく変わる。主要パラメータ(対象の構造と振動モードに対する強度バランス)。
6-1)音圧レベルと振動モードの関係(低周波の共振現象を発生させないための最適化)
6-2)超音波の送受信による応答特性(超音波発振による非線形現象を制御するため)
6-3)振動モードの時間特性(時間経過に伴う振動モードの変化を利用するため)
6-4)対象物の固有振動モード(固有振動数に合わせた共振現象を利用するため)
3.1.7 対象の材質に関する音響特性確認により、超音波伝搬制御が可能になる。
7-1)間接容器の材質(ステンレス容器、ガラス容器、樹脂容器の特性により、伝搬する超音波の音圧レベルと高調波の発生状態は大きく変わる)
7-2)ONOFF制御の時間設定(音圧レベルと伝搬周波数の最適化。キャビテーションと音響流の分類モデルに基づいた攪拌実験結果に合せて、超音波・循環ポンプ・・・制御パラメータを調整する)。
7-3)媒体(洗浄液・・)の流れによる相互作用の調整(液体や物質の流れにより変化する振動現象を50MHz以上の超音波振動と組み合わせることで、出力10-20W程度の超音波で効率の良いナノレベルの超音波攪拌が実現する)。
写真2:ナノレベルの超音波攪拌装置1
おわりに
技術の進化とともに、新しい応用(ナノ粒子・粉末の表面処理・・)や、新しい組み合わせの可能性が大きく広がっている。特に、異質なジャンルや根本的な学問(数学の圏論やシステムに関する哲学的な思考)を取り入れることで、今後ますます超音波・ファインバブルという組み合わせを利用したナノレベルの攪拌技術は飛躍すると感じる。
表面弾性波を利用した、非線形振動制御技術の可能性を考え、各種の偏った考え方を捨て、自由な超音波(キャビテーション・音響流)に対する発想により、新たな応用を検討していきたいと考えている。
図7:ナノレベルの超音波攪拌システム
参考文献
1)赤池 弘次/共著 中川 東一郎/共著:
ダイナミックシステムの統計的解析と制御:サイエンス社(1972年)
2)ベ.ア.アグラナート/[他]共著 青山 忠明/訳 遠藤 敬一/訳:
超音波工学と応用技術:日ソ通信社(1991年)
3)斉木和幸/著 第4節 超音波との組み合わせによる樹脂・金属の表面改質
マイクロバブル(ファインバブル)のメカニズム・特性制御と実際応用のポイント
:株式会社情報機構(2015年)
4)斉木和幸 超音波制御 特願2020-31017
<<超音波技術>>
超音波と間接容器による、ナノレベルの攪拌技術を開発
http://ultrasonic-labo.com/?p=15865
超音波「攪拌・分散・乳化・粉砕」技術
http://ultrasonic-labo.com/?p=5550
超音波の洗浄・攪拌・加工に関する「論理モデル」
http://ultrasonic-labo.com/?p=3963
超音波と表面弾性波(オリジナル超音波システムの開発技術)
http://ultrasonic-labo.com/?p=14264
オリジナル超音波プローブ
http://ultrasonic-labo.com/?p=8163
オリジナル技術(表面弾性波の利用)
http://ultrasonic-labo.com/?p=7665
表面弾性波を利用した超音波制御技術
http://ultrasonic-labo.com/?p=14311
間接容器と定在波による
音響流とキャビテーションのコントロール
http://ultrasonic-labo.com/?p=1471
超音波を利用した、「ナノテクノロジー」の研究・開発装置
http://ultrasonic-labo.com/?p=2195
ナノレベルの攪拌技術
http://ultrasonic-labo.com/?p=1066
ナノレベルの超音波<乳化・分散>技術
http://ultrasonic-labo.com/?p=1620
「超音波の非線形現象」を目的に合わせてコントロールする技術
http://ultrasonic-labo.com/?p=2843
磁性・磁気と超音波(Ultrasonic and magnetic)
http://ultrasonic-labo.com/?p=3896
超音波攪拌(乳化・分散・粉砕)技術
http://ultrasonic-labo.com/?p=3920
超音波キャビテーションの観察・制御技術
http://ultrasonic-labo.com/?p=10013
超音波の伝播現象における「音響流」を利用する技術
http://ultrasonic-labo.com/?p=1410
2種類の異なる「超音波振動子」を同時に照射するシステム
http://ultrasonic-labo.com/?p=2450
超音波振動子の設置方法による、超音波制御技術
http://ultrasonic-labo.com/?p=1487
推奨する「超音波(発振機、振動子)」
http://ultrasonic-labo.com/?p=1798
超音波とファインバブル(マイクロバブル)による洗浄技術
http://ultrasonic-labo.com/?p=18101
ナノレベルの超音波実験
https://www.ipros.jp/catalog/detail/748820
ナノレベルの超音波実験
https://www.aperza.com/catalog/page/10010511/73930/